しかしながらこのようなブログを開設したところで、一体どのような内容を書けば良いのかはしっかりと考えなければ全くもってわかりませんね。でも自分の考えていることがTwitterのような短文で完璧に表現できるとも思いません。ですから、その溝を埋める為にこそ、ブログというのは存在するべきなのでしょう。
持論として文化存続の為には、そこそこの文量を書ける人間が安定してそのコミュニティに存在している事が必要不可欠だと思うのですが、どうにも最近はそのような文章の力を軽んじている人が増加傾向にあるように思います。
そんなわけで、それを打破する為のものとして、ブログをしっかりと稼働させていけたらなと思います。とは言っても、「いつから稼働するか」とか「どの程度のペースで更新するか」はまったく決めていません。寧ろ、決めるとそれが義務になってしまうから、良い文章が書けないような気がするんですよね。
どのようなブログにするべきかという事で、自分なりのルールをつくりましょう。
・一つの記事に原稿用紙10枚分くらいの内容を設ける。
・混迷を極めた文化評論の中でも、しっかりとした一つの形として掲示できるものを目指す。
・作品をつくる人、作品をみる人、両者の作品理解度を向上させる発展性のある内容にする。
とりあえず、この三つのルールを自分の中で遵守できるように頑張れたら、そこそこの資料価値のあるブログとなるんではないでしょうか。
最大の目的は文献をつくることですね。昨今の文献不足感は甚だしい様です。ですからフェミニストなんていう無学感のある人間たちにオタクカルチャーを攻撃されても、絶対的な反論、彼ら彼女らを一掃する程の論拠のある反撃ができないのです。
やはり「虹エロ」やら「Hentai」と呼ばれる文化の中に秘められた作家の意匠は、素晴らしいものがありますから、その魅力を純粋に解析することが、まずもってゾーニングの議論よりも最初に文献として成立させなくてはならないものだと思います。
ですので、そのような事柄への気付き、解説が可能な状況と判断すれば、このブログは更新される事でしょう。もしかしたら一生更新されない可能性もあります。記事はひとつだけで、ふたつめはないかも知れません。
でも本当に大切なのは量よりも質ですから、例え一つの記事を書くだけに終わったとしても、その記事が多くの創作に携わる人間にとって大変価値のあるものになれば、それで十分だという風に思います。